草野中学校の様子

2016年7月の記事一覧

第66回社会を明るくする運動第47回いわき北地区弁論大会

 弁論大会が、久之浜中学校体育館で行われた。本校からは、3年生の新妻さんが「あたりまえが幸せ」という題で発表した。心に訴えるすばらしい発表で有り、終了後、多くの賞賛の拍手がわき起こった。お疲れ様でした。
        

 「あたりまえが幸せ」   いわき市立草野中学校 3年 新妻 玖巳衣
 幼いまま生命を終えた弟を背負って焼き場に運び、火の中で弟が葬られていくのを、背筋を伸ばして見届ける少年。社会の授業で第2次世界大戦について学んだ時、一枚の写真から私は目が離せませんでした。先生が写真の状況について簡単に話してくださいましたが、その声も上の空に聞くくらい、写真の少年は強く私の心に迫ってきました。
「強いなあ。」「でも、心がちちぎれそうなくらい悲しい。」「この男の子は、ちゃんと泣けたのかなぁ。どんな人生を送ったのだろう。」そんなことを考えたら、自分の小さな妹のことが思い浮かび、涙が出そうになって困りました。
 まだ幼稚園生の妹が、私はかわいくて仕方ないのですが、たまに生意気な口をきいたりわがままを言ったりすると、憎らしくて、一瞬、「どっかに行っちゃえ。」と思うこともあります。でも、本当にいなくなって、あの笑顔を二度と見られなくなるなんて、想像するだけでも胸が痛くなります。

 中東やアフリカ、中国、インド等、今もたくさんの紛争が起こり、かけがえのない命が傷つけられています。故国を追われ、安住の地を求めさすらう、難民となった人がいます。同じ信念を持った仲間同士が、ほんの少し考え方が違うことから、傷つけ合う敵として、戦い続ける民族もあります。それは、決して歴史の中の出来事でもネットの中の流行でもなく、私たちひとり一人に深く関わっている、今現在の切実な問題なのです。日本でも、毎日のように悲しいニュースが流れています。いじめ、殺人等、人の命が失われる事件も、少なくありません。ささいなことをきっかけに奪われた命は、どうやっても取り戻せないのに、過ちは繰り返され続けます。

 私は今、中学三年生。部活を引退し、受験生として、進路選択を本気で考えなければならない時期だとわかっているのに、何となく、モヤモヤした気持ちを抱えて過ごしています。
 起きるのが面倒くさくて、「学校なんか行きたくない。」と思う朝。「ちゃんとしなさい。」と言われて腹を立て、注意してくれたおばあちゃんにぶつけてしまった苛立ち。意見が合わなくてケンカした友達。わずらわしくて、そこから逃れたらどんなに幸せだろうと思うことが、本当はとても大切なものなのだということを、私たちはつい忘れてしまいます。でも、それは、平和な社会で、幸せに暮らすことができているからこそ、感じられることなのです。

 ケンカできる友達がいてくれること、疲れた帰って安らげる家があること、家族揃って食卓を囲み、おいしいねと笑い合えること、未来を生きる力をつけるために学ぶための学校に通えること。面倒くさいこともあるけど、そんな当たり前のこと一つひとつが、軌跡のような幸せであることを、私たちは決して忘れてはいけないのです。

 世界中が幸せに満ちた社会。その実現への道のりは険しいけど、絶対に不可能なことと決めつけることはできないはずです。未来の可能性は、人間の底力は無限大だと私は信じます。あの写真の少年のように、悲しい記憶を背負って生きる人を増やしてはいけません。

 自分だけ幸せならいいではなく、隣にいる人も、また、その隣にいる人も、まだあったことのない誰かも、みんな笑顔で自分の人生を全うできる社会を目指して、私も自分を少しずつ変えていくという、小さな一歩から始めます。一人ひとりの小さな一歩が、明るい未来への大きな一歩になると信じて。