日誌

NEW 白水小学校の歴史⑤ プールと体育館の完成

 炭鉱の労働者の子女のための私塾「智徳学館」として明治31年に歩みを始めた白水小学校は、昭和33年に児童数775名となりましたが、石炭から石油へと変わるエネルギー革命により、次々と炭鉱が閉山に追い込まれ、昭和51年に常磐炭鉱は完全に閉山されます。昭和51年の児童数は106名で、ピーク時の7分の1以下まで減っています。

 創立当時、白水小学校にはプールがなかったために、地域の方々や当時の教職員の皆様のお力で近くの白水川を堰き止めて水遊びをしたとの記録もあります。児童数が減っていく中でしたが、こうした現状を踏まえ、地域の皆様の働きかけもあり、昭和49年にはプールが、昭和54年には体育館が完成しました。