こんなことがありました。

言葉による暴力の絶無

・本校に赴任して半年が過ぎ、本日打ち合わせ時、職員に「言葉による暴力」を意識的・無意識的にすることのないよう、文書としても下記のように通達しました。もちろん、手抜きの指導をせよということでは、ありません。子どものためなら、厳しい指導が必要なときもあります。

 

 私が小学校低学年のときのこと。覚えていないのだが、たぶん学級で何らかのミスをしたのだろう。担任の先生に「どじ成」と言われたことを今でも覚えている。そんなにむかついているわけではないが、低学年時なのに記憶として忘れられないというのは、無意識の衝撃があったのだろう。言葉の暴力は、身体的暴力よりも後々まで大きな影響を与える。

 教員が「激励のため」あるいは「将来のため」のつもりで、発した言葉でも、その言葉が子どもにとって人格や可能性を否定されたと感じ、「自分はダメ」「理解されない」と思い込んでしまうことがあることを常に意識していないと教育のプロとは言えない。
 言葉の暴力は、身体的な暴力に比べて大事に感じず、加害者としての意識をあまりもたないことが多い。言葉の暴力は、場合によっては身体的な暴力よりも大きな心の痛みを子どもに与える。
 教員自身、自分が話す言葉の影響の大きさを理解し、子どもとの人間関係を踏まえ、子どもにどう伝わるのか考え、技術としても身につけなければならない。
 

1.教員(そもそも人として)として言ってはいけない言葉
(1) 人格や能力を否定する言葉
(2) 動きや見た目を否定する言葉
(3) 家族や家庭を否定する言葉
(4) 他の生徒や兄弟・姉妹と比較する言葉

2.教員として子どもにかけたい言葉
 「ありがとう」、「すごいね」、「よくできたね」、「がんばったね」、「助かったよ」、「さすがだね」、「やればできるよ」、「君なら大丈夫だよ」、「君のおかげだよ」

 子どもたちにとっては、教員の一言が子どもの生きる支えとなったり、心に一生残る傷をつけてしまうことになる。子どもの心を傷つけるような言葉遣いは、プロの教育者としてあり得ず、指導技術や技量があっても管理職として、何より子どもの笑顔を願う一人の人間として許せない。話す言葉によって子どもに希望と勇気を持たせ、やる気を起こさせることが、教員としての最低条件である。